日本と西洋の美術循環 -ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展-印象派を魅了した日本の美-

世田谷美術館で開催されている「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展-印象派を魅了した日本の美」展。NHKの後援でかなり宣伝をされています。クロード・モネの「ラ・ジャポネーズ」をアイコンとしたポスターが東京のあちこちに張られています。こういう展覧会は終盤になると混みそうなので、早めに行っておくに限ります。

ということで、世田谷美術館に行ってきました。そうは言っても世田谷美術館のここ最近の展覧会に比べると既に人が多いなという印象です。終盤になるとなかなかの混雑になりそうな雰囲気が出ています。

今回はこの美術展をとおしてジャポニスムについて考えてみました。

ジャポニスムを総体的に分析する展覧会

この展覧会のテーマは題名通り「ジャポニスム」です。ボストン美術館の収蔵品から、フェノロサ岡倉天心らの収集を基礎とした日本美術と19世紀末から20世紀初頭の西洋美術を比較することで日本美術が西洋に与えた影響を探っていきます。

今回の展覧会では様々な視点からジャポニスムを探る試みをしています。例えば、展覧会の構成をとってみても

  1. 日本趣味(ジャポネズリー)
  2. 女性
  3. シティ・ライフ
  4. 自然
  5. 風景

と幅広い表象についてジャポニスムの影響を探ろうとしていることがわかります。

また、対象となっているメディアも浮世絵とフランス近代絵画の関係、日本近代工芸とヨーロッパの工芸のみならず、写真やアメリカの芸術といったこれまでジャポニスムの観点から論じられることが少なかった分野にまで視野を広げています。展示方法についても日本側の作品と西洋側の作品を近接して並べることによって、ジャポニスムと見ることができる技法的な近似について把握することができるような構成となっています。

さらに19世紀当時の日本美術の欧米への移入ルートや受容状況などについても丁寧に解説が行われていました。こうした展覧会の構成によって、印象派を始めとした19世紀の西洋美術に影響を与えたという逸話だけがひとり歩きしがちな「ジャポニスム」という用語についての実体を明らかにしようとする試みはある程度成功しているのではないかと思います。

「ラ・ジャポネーズ」の修復後世界初公開が大きくクローズアップされていますが、-実際に目にすると圧巻な作品です。特にモネ夫人がまとっている打ち掛けの鮮やかな煌きは一見の価値ありだと思います。- 展覧会の軸となっているジャポニスムに対して考えを深めるきっかけにもなり、非常に満足度の高い展覧会でした。

ジャポニスム」と日本と西洋の美術循環

今回の展覧会においてジャポニスムの一側面として「都市的な題材を扱っている」という点に注目しています。
ジャポニスムの源流の一つである江戸後期の日本美術は江戸を中心とした化政文化の中で生まれました。近世最大の都市に発展した江戸における美術市場は百花繚乱の様相で多くの町絵師や浮世絵師が切磋琢磨していました。こうした状況で19世紀の江戸絵画では、より強烈なインパクトを与えるような題材や構図を追い求めダイナミックな絵画がたくさん生まれました。大胆なクローズアップを行った風景画やバストアップの女性像、都市の新奇な風俗や娯楽を題材にした視覚芸術が一世を風靡します。*1

こうした近世最大の都市で生まれた芸術は、産業革命を経た西洋の諸都市で受容されたのだと考えられます。
都市化は多様な絵画文化の誕生を促し、それまでの神話や歴史画を中心としたハイコンテクストな絵画から印象派や唯美主義といった鑑賞者の感覚へ直接訴えてる絵画への変動をもたらしたのではないでしょうか。こうした状況において、先行して都市における芸術を発展させてきた日本の芸術で用いられた題材・構図・技術などを参照することによって西洋絵画の新しい潮流を生み出すことができたのだと思います。
だからこそ大衆に訴求する浮世絵という木版画からポスター美術や版画に対してジャポニスムの大きな影響があったのではないでしょうか。

一方で本展覧会でジャポニスム技法として例示されているクローズアップや俯瞰での風景がについて、オランダから輸入された顕微鏡や望遠鏡といった光学機器や博物学の書物からの影響が見られます。こうした科学的視点は日本に伝来し、文化として咀嚼される中で美術野中へも援用されるようになりました。*2
つまり19世紀にフランス絵画で導入されたとされるジャポニスム技法には西洋に源流を持つものがあり、それを日本が芸術として取り込むことによってヨーロッパに「逆輸入」されたものがあるということです。(もちろん、「ジャポニスムの影響」とされているものが実は西洋からの連綿とした系譜に位置づけられる可能性もありますが。)

ジャポニスム以後の流れについても美術の東西循環が存在しました。
本展ではアールヌーヴォーの工芸品やデザインに見られる自然を取り入れた意匠について、日本の工芸品の影響が見られるとしています。技巧を凝らして自然の意匠を盛り込んだ日本の工芸は万国博覧会を中心に西洋を席巻しました。「ジャパニーズグロテスク」と呼ばれた程に凝ったデザインはヨーロッパにおいて洗練されアールヌーヴォーが生み出されていきます。
一方で過度に技巧的で派手な日本の工芸は時代遅れとなり、その輸出量も減少していくことになります。このような状況で日本の陶芸家板谷波山アール・ヌーヴォーの洗練された意匠を研究し、東洋の古典意匠との融合を果たすことで日本の陶芸界に新風を吹き込みました。*3
これは「ジャポニスムが西洋工芸に与えた影響」が巡って、日本の工芸への影響を与えたといえるのではないでしょうか。
またジャポニスムの影響を受けて誕生した近代西洋絵画が、明治維新以後日本に導入された油絵に与えた影響の大きさは計り知れないものがあります。

このように19世紀末に西洋を席巻した「ジャポニスム」が、一方的に日本美術が西洋美術に影響を与えたと見るのは正しくないでしょう。さらに言えば今まで「ジャポニスム」とされていたものは、実は西洋の視覚表現の中に潜在的に存在していたものが日本文化との接触によって顕在化したものと考えることもできるかもしれません。
「あれも日本の影響、これも日本の影響」とともすれば陳腐な自民族文化の礼賛になりかねない「ジャポニスム」について、美術界における歴史的な東西交流を整理することで、より大きな国際的な美術世界を明らかにする方向に向かえば良いと思います。

*1:「江戸絵画の19世紀」@府中市美術館

*2:『大江戸視覚革命』タイモン・スクリーチ

*3:「没後50年回顧展 板谷波山」@泉屋博古館分館