読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『ヒトラーと退廃芸術』 あるいは、MoMATには戦争画展を開催してほしいという話。

久しぶりのブログ更新です。


今回は最近読んだこちらの本についてです。

ナチスドイツと芸術

本書はナチス・ドイツの芸術政策について「大ドイツ芸術展」と「退廃芸術展」を比較しながら考察していくという内容です。
表題にはヒトラーとありますが、それよりもナチスにおける芸術支配の体制やナチスに対する芸術家の対応などが描かれています。


本書で描かれるナチスドイツの芸術政策の特徴はなんといっても「反近代芸術への大転換」といえるでしょう。


ナチスドイツの理想とした芸術があまりにも古典的であったために、当時活躍していた芸術家があらかた失脚しています。
これはユダヤ人に出自を持つドイツ芸術界の重鎮マックス・リーバーマンは勿論のこと、第一次世界大戦で戦死したフランツ・マルクやアウグスト・マッケ、ナチ党員であったエミール・ノルデさえも例外ではありませんでした。
代わりにナチス時代の芸術界の中心となったのが、帝国造形芸術院長官のアドルフ・ツィーグラーです。本書では彼を凡庸な裸体画家と断じています。本書の図版ではよくわからない点も多いので美術的な評価を私自身で下すことは難しいですが、少なくともナチスが権力を掌握する以前は全く無名でありながら、ヒトラーに評価されたことに寄ってナチス・ドイツ体制での芸術政策の推進者となることができた人物です。


ヒトラー自身が古典的、あるいは時代遅れな芸術観を持ち近代美術の潮流を敵視していたがために、ナチス芸術をドイツ美術史の中から切り離すことができるような転換と揺り戻しが発生しました。このため他のナチ党幹部、特に宣伝省を担当し芸術性作に関与したゲッペルスヒトラーとは異なり近代芸術にも理解を示していてもなお、ナチス芸術の動向に影響を与えることはできませんでした。
ヒトラー独裁の影響をもろに出たこの状況こそが、ドイツにおける第二次世界大戦と芸術の関係といえるでしょう。


こうした芸術界の全てを入れ替えるような大転換は、戦後においては全く逆の方向に作用し、退廃芸術に指定された芸術家たちは復権する一方でナチス時代の芸術は1970年代の大ドイツ芸術展再現まで全く封印された状態となります。アドルフ・ツィーグラーも非ナチ化裁判では無罪となりましたが全く失脚し、芸術家としては顧みられることのない存在となってしまいます。
あまりにも美術史の中から断絶しているがゆえに「退廃芸術」というキーワードで通り一遍触れるだけで語ることができてしまう、そこから更に踏み込もうとすると美術としてより歴史としての課題となってしまうというのがナチス芸術に対する現況のようです。

軍国日本と芸術

このようなナチスドイツの本を読むと当然考えるのが、「大戦期の日本はどうだったのか」ということです。


第二次世界大戦において日本でもプロパガンダとして芸術が利用されていましたが、ドイツと大きく異なるのが既存の芸術の枠組みを元に戦争画が制作されていた点でしょう。


そして軍国日本の美術政策に協力した大立者といえば、横山大観藤田嗣治の二人です。
横山大観は大日本美術報国会会長という立場につき、絵の売上をもとに戦闘機を寄付したこともありました。
藤田嗣治は陸軍美術協会副会長として「アッツ島玉砕」や「サイパン島同胞臣節を全うす」といった大作を発表しました。
他にも宮本三郎・鶴田吾郎・小磯良平川端龍子といった錚々たるメンバーが戦争画を作成しています。


勿論戦後に彼らの責任を問う声もありました。
宮田重雄の「美術家の節操」という論説や、プロパガンダに協力せず戦中に苦しい活動を強いられた「新人画会」のメンバー松本竣介の批判がこの代表でしょう。
しかし藤田嗣治がフランス国籍を取得し日本を捨てた以外、表立って責任をとった画家は居なかったように思われます。
横山大観は1951年に文化功労者に選ばれ、死に際しては正三位勲一等を授与されていますし、ほかの戦争画家たちも続々と名声と栄誉を得ています。藤田嗣治横山大観をはじめこれらの画家が戦争画を描いていたということは積極的に触れられないのが現状です。
ナチスドイツの芸術がその断絶ゆえにあまり語られないのと逆に、戦争画制作者に芸術的力量があるがゆえにあまり語られていない印象を受けるのです。
戦争に協力しなかった「新人画会」が英雄的に語られるのと同様に、巨匠藤田嗣治の、巨匠横山大観の「汚点」はどのようなものであったのか、それを語ることも重要なのではないかと思います。


戦争画の主な作品は一度GHQに接収された後、東京国立近代美術館に無期限貸与という形で所蔵されています。
2012年の所蔵品ギャラリーリニューアル後は一部屋もしくは二部屋を使って、戦争画が展示されることが常となっています。


しかし今年は戦後70年という節目の年でしたが、東京国立近代美術館の年間スケジュールには「戦争画」をテーマにした展示は行われないようです。
いくつかの公立美術館では「戦争と美術」をテーマにした展示は行われるようです(例えば板橋区立美術館では所蔵品をもとに「近代日本の社会と絵画 戦争の表象」展を開催していました。)ので、東京国立近代美術館にも来年以降でもいいのでこのテーマに正面から向き合った企画展の実現を期待したいところです。「大ドイツ芸術展」の再現展示と同じく「戦争を美化する」という批判や逆に歴史修正主義的な批判が起こり、多大な困難があることが予想されますが、東京国立近代美術館戦争画コレクションを組み込んだ形で大規模に実施することが必要なテーマだと思います。

今回のブログ記事を書くにあたって、以下の本があることを見つけたので一度読んでみます。

絵筆のナショナリズム―フジタと大観の“戦争”

絵筆のナショナリズム―フジタと大観の“戦争”