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MOTアニュアル2014 フラグメント―未完のはじまり― @東京都現代美術館

4月12日は東京都現代美術館におじゃまして、「MOTアニュアル2014」と「驚くべきリアル」の2つの展覧会を拝見してきました。
今回はそのうち「MOTアニュアル2014」について、本当に取り留めもなく頭に浮かんだことを書いていきます。構成とかない感じで。

「MOTアニュアル」は毎年、今来ている芸術家6人を一堂に会して展覧会を行うという企画です。
毎年キャッチフレーズが決まっていて、今年は「フラグメント-未完のはじまり」というフレーズでした。
取上げられた作家は、

  • 高田安規子・政子
  • 宮永亮
  • 青田真也
  • 福田尚代
  • 吉田夏奈
  • パラモデル

の6組のアーティストでした。


この中で高田姉妹は川崎市市民ミュージアムの「セカイがハンテンし、テイク」展で、福田尚代さんはミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションの「秘密の湖」展で、パラモデルさんは東京ステーションギャラリーの「始発電車を待ちながら」展で作品を拝見したことがありました。


今回のアニュアルの出展作品は小品や簡潔な作品も多く、かなり静かでどこか哲学的な雰囲気がある作品が並んでしました。
限定的で大仰な仕掛けは無くとも、世界に隠れている重層性や無限性を感じさせてくれるようなそんな展覧会でした。個人的には大きな音や明滅する光のような刺激の強いものは苦手なのでこうした構成の展覧会は非常に感じ良く拝見することが出来ました。


少し個別の作品を振り返ってみます。
私の感じ方の分類は大きく二つに分けられます。
一つ目は日常で見かけるモノたちに手を加えることによって新しい意味を明らかにする作品です。


高田姉妹の作品や福田尚代の作品を目の前にすると、身の回りの小さきものたちが隠し持っている二重・三重に折り重なった意味と対峙しているのではないかという感覚が生まれてきます。特に福田尚代の作品は、「秘密の湖」展で出品されたモノと同一の作品もありますが、 今回のMOTアニュアルでは作家自身が記述した作品誕生の物語も合わせて鑑賞することができます。
福田尚代の言葉を通して、彼女がモノとどのように向き合い、モノを芸術というカテゴリへ導いたのか、その過程と結果とを一度に考えることが出来ました。


ただ上記に述べた新しい意味というのは、私が会場で「作家の意図」を勝手に空想してニヤニヤしているものです。展示されている作品の原材料を離れた意味を空想することの面白さ。そういった『自由な発想』をすることを是にしてくれる作品たち出会ったのだと思います。


もう一つの別の感想を持ったのは吉田夏奈やパラモデルの作品です。
これらは分断や反復といった手法を用いて展示空間を日常の空間から異化することによって、より世界の連続的な空間の大きさを意識させてくれます。特にパラモデルの壁面を反復した意匠で覆い尽くす作品からは、何故か森見登美彦四畳半神話大系」の最終章に出てきた、延々と続く四畳半世界が思い浮かびました。
あの世界の無限大の広さを眼の前に提示しながら、その中で客観的に自分の座標を定めることを促すことによって決して絶望へと流さない、そんな感覚が再び現前に立ち上がりました。
こうした概念的に世界と向きあわせてくれる作品は、一人の人間と世界全体が向き合うことを主題にした「セカイ系」作品で育ってきた私にとってはある種好物なのかもしれません。
作品と向き合い切り取られた先の構造まで想像をふくらませていくだけで非常に楽しむことが出来ました。


今回の「MOTアニュアル」のキャッチフレーズが「フラグメント」ということで、展覧会の冒頭の挨拶パネルでは『膨大な情報があふれる現代においては云々』といった事が書いてあり、どうもそれにだいぶ引きづられた鑑賞をしてしまい上手いこと展覧会を楽しめたのか不安でした。しかし改めてWebサイトをみるともう少し軽い意味で捉えてよかったのかなというようにも感じています。
それはフラグメント=世界の欠片という文字通りの意味として受け取ることによって、この展覧会に出品された作品からは世界の広大さと深遠さを感じることができるという読みでしょう。