コメ展@21_21 DESIGN SIHGHT 

今回は六本木の21_21 DESIGN SIHGHTで開催されている「コメ展」についての感想です。

コメとデザインの関係性

21_21 DESIGN SIHGHTは三宅一生氏が唱導している「国立デザイン美術館」の民間版として開始された美術館で、デザインに関する企画展を中心に展示を行っています。そんなデザイン美術館でなぜコメか。以下に展覧会サイトの引用をしてみます。

コメを英語にすると通常はRICEになります。しかし日本では、このように即物的な意味としてだけコメを捉えてこなかった歴史があります。それは、人の営みを支える「関係」であり「仕組み」であり「方法」なのです。これを、日本で育まれた優れたデザインと捉えることはできないだろうか。このような想いで、このプロジェクトが始まりました。
『コメ展公式サイト メッセージ』より*1

都市計画をデザインというがごとく、コメ―この『コメ』という語も食料としての「米」に限らず、藁や籾なども含んだ総体を表すための表現なのかもしれません―をめぐる環境・構造・ヒトのつながりについて考えてみようということなのでしょう。

この展覧会ではコメを巡る「文化」と「エコ」の意義を強調し日本人の中ではコメはただの食糧を上回る存在であると主張します。そして高齢化や食生活の変化、経済構造の変動など社会が急激に変化する現代にあっても、米作伝来から現代まで綿々とつながってきたコメを巡るデザインを維持していきましょうということを訴えようとしています。

まずコメ文化の尊さをアピールすための入り口として、伝統的なコメに関する(本来的な意味での)デザインについて回顧していきます。それは道具・暦・呪いと幅広い分野にわたっていて、生活のあまねく部分にコメとヒトとを結びつけるデザインが存在することを明らかにしていきます。特に現代社会において新しく生み出されたコメに関するデザインを並べることで、今の時代でも日本人とコメとの関係が切れていないことを思い浮かべることになります。

コメの未来のあり方について。

次に未来に向けてコメの文化をつないでいくために、デザインとしてなにができるかということを探っていきます。
今回の展覧会ではこの部分にあまり同意できない部分がありました。

未来にむけてこの展覧会で披露されたデザインは、生活者にコメを身近に感じてもらうということに主眼が置かれています。産地のイメージを意匠にしたコメ袋、コメの精製過程をわかりやすく体験できる装置、おみくじ、すごろくと美しく楽しくデザインされたモノは見る人の感覚的な好意を引き出します。

しかしこの試みはコメを今あるがままに愛することによって、目の前にある危機を乗り越えようという表明になってしまっているのではないでしょうか。確かに現在コメが抱えている諸問題の一つとして消費者のコメ離れがあることは確かです。コメを身近に思ってもらうこと、生産者の心を知ってもらうこと、こうしたことはコメ離れ解決の一助になるかもしれません。しかし取り巻く社会自体が大きく変わっている中で、昔の消費者の心を蘇らせることを目指すという方法で果たして日本のコメ文化を維持することができるのでしょうか。

『私たちが過去から引き継いできた緑あふれる郷土をそのまま次代にも渡していこう。』このような考え方を緑の保守主義というそうです。そういう意味ではこの展覧会の目指すところは、緑の保守主義の方法論に即してコメ文化を守っていこうという考えなのではないかと思います。
けれどもこの展覧会で掲げられているコメ文化も、それぞれの時代・それぞれの地域の状況とともに様々に変化してきたわけです。
日本国民があまねくコメを食べるようになったのは20世紀に入ってからであり、それまで庶民の間ではヒエ・アワなどを含んだ雑穀を主食としていました。また農業生産の歴史においても地方の百姓においても古代から漁業や林業に従事する人々の存在が明らかになったり、商品作物の登場以降、収穫から得た金銭で年貢用の米を買う人々が現れたことがわかっています。

多様な食と農業の状況があった中で、コメが日本人から特別な感慨を生み出した理由。それはコメが納税を通して特殊な経済的地位を獲得したからでしょう。古代の租庸調の時代からコメは年貢の納入の手段となり、あたかも貨幣としての働きをすることになります。更には中央政府との経済的なつながりだけではなく、天皇との霊的なつながりまでもコメが担うことになります。こうしてコメの価値を中心に経済が回っているコメ本位制の中でコメが物神化しただけでなく、国家を治める天皇の霊的源泉としての意味も持つようになりました。

しかしコメ本位制が終了し、天皇人間宣言を行った現代においてはコメの持っていた文化上の特殊な地位自体が終焉を迎えています。このような状況になってもコメは今まで通りに特別な地位を守り続ける必要はあるのでしょうか。
コメが農作物の中で特別な地位を持っているがゆえに、農業全体として歪んでしまっている部分もあるのではないでしょうか。今日本の食文化・農業・エコをデザイするというならば、コメと日本に住む人との新しい関係性を構築し現代の日本社会にあわせてリデザインを行う必要があるんだと考えます。

コメ展というコメをピックアップしたイベントの趣旨に反するかもしれませんが、「コメをいかに特別な地位から引きずり下ろすか」ということを考えないといけない。この展覧会を見てそのように感じた次第です。


展覧会にあわせてトークイベントをやっていたようです。中田英寿氏が参加していて、すっかり六本木系文化人になったななどという感想。
トークイベントはキュレーター・中田氏・日本酒の蔵元の方?の三人が参加していたみたいですが、開催場所がエントランスから続く階段下の小スペース。この建物にはホールとかないんですね。美術館のデザインとしてどうなんでしょうね……