江戸絵画についての展覧会×2

都内では江戸絵画についての2つの展覧会が同時に開催されました。

今回はこの二つの展覧会について並べてみたいと思います。*1

18世紀以降の江戸絵画(サントリー美術館)

サントリー美術館の「のぞいてびっくり江戸絵画」展では、18世紀以降の江戸絵画に見られる様々な視覚的実験の痕跡を明らかにしています。冒頭の謝辞にはタイモン・スクリーチ氏や田中優子氏の名前がありましたので、種本はスクリーチ氏の『大江戸視覚革命』でしょう。図録未購入なので両氏がどの程度この展覧会に関わっているかはわかりません。

展覧会の構成としては

  1. <遠近法>との出会い
  2. <鳥の眼>を得た絵師たち
  3. <顕微鏡>で除くミクロの世界
  4. <博物学>で観察する
  5. <光>と<影>を描く

という構成。<>の中身が18世紀に入って新しく絵画世界に登場したキーワードということだと思います。
蘭学の活発化によって望遠鏡・顕微鏡・博物学誌などの西欧科学の産物や遠近法や陰影法といった西洋絵画の技法が日本の絵師に取り込まれ、新しい視覚的感覚をもたらすような絵画が作成されたとしています。
展示は小野田直武や司馬江漢などの蘭画家から立版古・鞘絵・眼鏡絵といった見世物のための絵画、浮世絵、意匠まで江戸時代のありとあらゆる視覚芸術を対象にしており、ひとつの大きなテーマで18世紀・19世紀江戸時代の視覚をめぐる変容の全貌を明らかにしようという試みがよく現れていたように思います。

19世紀の江戸絵画(府中市美術館)

府中市美術館の「江戸絵画の19世紀」は春の恒例テーマ「江戸絵画」のうち、あまり注目されていない19世紀という時代について、同時代を横串に眺めてみようという試みです。
去年は「かわいい江戸絵画」というテーマでした。
確かに19世紀の絵画については、浮世絵については歌川広重葛飾北斎が特に評価され、近年歌川国芳を始めとしたその他の絵師も再び脚光を浴びつつあります。しかし浮世絵以外の分野については確かに円山応挙伊藤若冲池大雅といった大家が京都でしのぎを削った18世紀に比べると注目度が低い部分はあるかもしれません。

19世紀の日本絵画を全般的に回顧するというテーマだけあってかなり幅広い流派の作品を展示しています。
その中でも当時の社会的背景を元に4つの側面から検証しています。

  1. 主題や構図の新しい展開
  2. 文人画の隆盛
  3. 地理的興味の反映
  4. 西洋絵画の影響

上記の特徴についてはサントリー美術館での展覧会で触れられている18世紀に始まる視覚芸術の変化と延長線上に存在する物もあり、19世紀の江戸絵画にのみ見られる特徴というよりは、19世紀という括りで日本絵画の状況を取り出した時に見出すことができる特徴と言うべきかもしれません。
特に3・4の2つはサントリー美術館の展示と重複している主題ですし、1についても見方次第では同じものと言えるでしょう。一見、マニエリスム的なうねるような構図や精緻さを追求したような描写は18世紀の視覚革命での新しい絵画表現の展開を延長したものとかんがえることもできると思います。会場の説明では、絵画市場の拡大によって絵師間の競争が激しくなったことで新しいアイディアを競うようになったというような説明でしたが……

一方で展覧会の対象を19世紀に絞ることで、普段なかなかスポットが当たらない絵師に注目が集まるという効果があったのではないでしょうか。とくに本展で多くの作品が出展していたのは亜欧堂田善でした。司馬江漢などを差し置いて西洋絵画導入の第一人者として紹介されるのは少し違和感もありますが、回顧展以外の展覧会で亜欧堂田善がこれだけピックアップされていたのは初めてではないでしょうか。また一般の日本画や文人画についても、18世紀の有名ドコロを回避した結果、様々な絵師の紹介が可能になったという側面は間違いなくあると思います。狩野一信・岸駒・原在中などから、古市金峨・日根対山など本展で初めて知った絵師まで展示されており、入り口で配布されている画家解説はなかなかおもしろいことになっていました。

2つの展覧会をあわせてみると……

ということで江戸絵画に関する2つの展覧会を続けて見ると、江戸絵画の転換点はやはり18世紀の京都ルネサンスと言われる時代にあるように感じられます。浮世絵に限れば19世紀の化政文化と言われる時代に大きな変化があるように考えられますが、19世紀絵画という括りで際立った特徴を見出すのは少し苦しい部分もあるかもしれません。一方で前の時代に新たな局面を迎えた日本画は以降江戸時代が終わるまでの間、着実に根付き日本各地に幅広い絵師を生み出したのではないかと思います。イメージとしては断続平衡説のような発展の仕方といいましょうか。
いずれにしても開国によって洋画が本格的に流入してくるまでの期間の日本画の潮流について理解するにはちょうどよい展覧会だったのではないでしょうか。


府中市美術館の展覧会はもう終了していますが、サントリー美術館の展覧会は5月11日までです。

*1:東京富士美術館でも江戸絵画に関する展覧会が開催中ですが未見のため今回は触れません